時間のずれがあるSNSに投稿した画像3つとマウスのトラッキングをレイヤーすることで、自身の生きてきた時間を表現した「広義の自画像」作品となっている。プリントでは機械によって量産されることを意識し、“手描き”ボリュームを普段の作品よりも多くしている。アナログとオートマチックのバランスを取るという“しかけ”が施され、プリントされることによって、その“しかけ”が発動されるという野心的な作品。
¥19,800(税込)/ 配送料は購入手続き時に計算されます。
原画制作のプロセスまで再現
下地に広がる銀のペイントや、マウストラッキングを表現したストロークも、原画制作の過程に基づき忠実に再現。オブジェクトのレイヤーを存分に楽しめる。
フレーム/保管用パッケージ/ブックレット付
作品がすぐに飾れるようにフレーム付きの納品。また、パッケージは保管用にも使用できるフラットタイプ。アーティストや作品をより楽しむため、1作品ごとに特製ブックレットも付録。
Interview with.
Yoshihiko Yamazaki
活動コンセプト
アーティスト活動のコンセプトについてお聞かせください
個人の記録をどうやって、公共圏に押し上げていくかということを考えて制作をしています。
私は日々の移動や食事など生活の中で見つけた、ちょっと面白いものだったり、行った場所のことなどをスマートフォンで撮影をしていて、その撮影した画像を SNSによくシェアするので、そのシェアした画像をもとに下図を作ります。
作った下図をプロジェクターや、シルクスクリーンで映して、ペインティングに描き起こしていくということをしています。それがまた美術館など、保存・修復の手によって100年後、200年後という、自分の寿命を超えた先まで作品を残すということを実践的に行っています。
作品の素材はSNSで配信した画像達ということですかね?
はい、一度SNS、Xやインスタグラムでシェアした画像を素材としています。
そういった一度誰かにシェアをするような身近なものを題材にしています。
誰かに共有をしたくなって撮った画像、なんとなく撮ってみてから気になった写真など。それをシェアしてみるとフォローしてくれている人から「いいね」がくる。1週間とか2週間とかしてくると、いいねも来なくなって誰も見返すようなこともない、味のしなくなったガムのような画像に見えてきてしまいます。
知人友人などのSNSで繋がっている誰かに見てもらおうとシェアした画像ですが、数週間もすると誰もわざわざ見返したりしない。「近況」としてシェアされた画像に興味を持ってもらえても、画像の内容まではそれほど気にされない。過去にユーザーがテキストや画像を共有できるWebサイトがあって、サービス終了になったことでサーバーがなくなり画像を含めた情報が消えてしまうということがありました。このように個人的な記録ってWeb上のコンテンツではサービス終了でなくなってしまうし、写真など印刷されたものは受け継ぐ人がいなければ遺品整理で捨てられちゃったりとなかなか残りにくいものだと思っています。
例えば私には姉がいるのですが、姉夫婦の家にはごましおくんという犬がいます。このごましおくんの情報を残したいとします。私個人が残せる文章や写真だと子供ができたとしても孫の代までごましおくんの情報が届くのか。孫目線だと祖父の姉と暮らす犬というのは、自分から距離のある情報です。それが100年、200年という長さではよほどちゃんとした記録をしなくては伝わらない情報と思います。一時代を築いた著名人でも世代交代が何回か起きれば知る人もいなくなる。ただそれがアーティストの残した作品ならどうだろうか。美術館などの文化的な機関によって展示、保存修復、出版がされ続けることでずっと先にも届けることができるんじゃないかと考えています。
プラットフォームもゲームチェンジが起きたら、インスタも数年後にはなくなってるかもしらませんもんね、、プラットフォームに対しての反抗表現みたいなところもあるのですか?
デジタルタトゥーという言葉があるように、一度インターネットにあげた画像は消えないと言われているので、SNSにあげる画像はある程度選定をしなければいけない。ネットリテラシーが求められると思うのですが、一般的な生活をしている個人の写真投稿というのは、特別魅力的でもなくスキャンダル性もなければ、誰も保存はしない。
大衆の何億という大量の画像が振り返られることもなくプラットフォームに常に放り続けられていく、虚しさみたいなのはあるとき感じたりします。
このコンセプトで作品を描き始めたのはいつごろですか?
明確にこのコンセプトで描き始めたのは2020年の8da0b6という作品からです。ただ前進として身近なものを描き始めたのは2016年です。その前は動物園の動物をひたすら描いていた時期がありました。人間の生活リズムで開園時間が設定され、出したりしまわれたり。
人間の作ったシステムに動物が組み込まれているような感覚を表現するために,「自然の動物」と「人の不自然」をキーワードにリアルタッチで四角い羊を描いたりしていました。
山﨑愛彦のこれまで
アートをつくることを体験したのはいつからですか?
印象深いのは、小学4年生くらいの時に夏休みの宿題で一行絵日記というものありまして。絵を一コマとその日は何をしたかというのを記入するんですね。そこに家族で北海道立近代美術館へゴッホ展を見に行ったことを描きました。その時にゴッホの有名なひまわりの絵を模写したのですが、その時にやたらと上手だと褒められた記憶がありますね。中学では自分よりずっとデッサン的に上手い子がいて、漠然ともっと上手くなりたいな思って高校では美術科に進学しました。
アートをやっていこうと志したきっかけを教えてください。
大きいきっかけというのは全然なくて、中位のきっかけがいくつか集まっているような状態です。進路に美術を選んだのは、私には姉と妹がいるんですけど、二人とも勉強ができたんですよ。私はそうでもなかったので、勉強ができるできないという評価軸から逃れたいという気持ちが最初はあって、美術を選びました。
その先でに、いろんな出会いがあって、大学で絵画を勉強してみて、もっと勉強してみたくなったので、大学院に行って、大学教員に関しても憧れを持っていたので、アカデミックキャリアを目指す中で、大学院に進学しました。
大学院に進学する半年前から制作場所のためにnaebono art studioという札幌の大きなシェアスタジオに入居しました。そこにはアーティストだけじゃなくアーティストインレジデンスの活動を行うNPO法人やキュレーターも入居していて、定期的にイベントも行っていたのでいろんな繋がりができました。大学院に進学してからはnaebonoの運営メンバーの山本雄基さんのもとで2年間制作アシスタントをさせてもらっていました。山本さんはフルタイムのアーティストで作家活動の1つの例を生でみることができました。
2年間アルバイトする中で、アーティストとしてなら面白いものに出会い続けることができる!と感じて制作を続けていくことにしました。
アーティストとしてのキャリアについて教えてください。
これまでに美術館やギャラリー、アートフェアなどで発表活動を行ってきました。他には高校の美術科で非常勤講師をしたり、本の挿絵や喫茶店のロゴの仕事などをしたりしています。現在は京都市立芸術大学の美術研究科博士課程版画領域に在籍していて、プリント技術とペインティングを併用した作品についてリサーチを行っています。
2020年に京都に引っ越してきたのですが、初めの1年はコロナ禍によって展示が中止、延期になったりと発表に辿り着けませんでした。2021年からは京都、福岡、札幌、神奈川、東京、大阪などなど各地で展示を行ってきました。
今年(2024)だと10月に東京、11月に奈良、11-12月に京都でグループ展があります。
京都に来た理由を教えてください。
京都に来るまではずっと札幌に住んでいて、油画と美術教育について学んできました。大学院を修了するタイミングで就職したかったのですが、大学の教員になりたいと思っていてちょうど滋賀県の成安造形大学で助手をしないかという話をもらった事もあり引っ越すことにしました。この大学が京都駅から電車で一本20分くらい乗っていれば最寄りまでつく立地だったため住まいは京都になりました。
4年勤めて今年の3月に任期も全うしたところで、次のステップを考えて京都市立芸術大学の博士課程に進学した次第です。
京都で好きな場所はありますか?
京都の七条河原町にある開化堂カフェっていう、茶筒の開化堂がやっているカフェが好きです。
有形文化財に登録されている旧内濱架線詰所というところにお店を開いて、その空間の使い方とか、天井高いとか、カーテンが可愛いとか、そういった環境的な、ロケーション的なところも含めてとても好みの場所です
ちなみに、好きなマンガとかはありますか?
「無限の住人」や「宝石の国」や「葬送のフリーレン」など、主人公が不死身であったり、人の寿命を超える寿命を持った話が好きです。ちょっと、制作にも通じるんですけど、自分が死んだ後というか、人の寿命のスケールを超えた話に関心があります。それをもちろん漫画家がシミュレーションで描いていることなので、想像でしかないんですけど、そういったものをよく好みますね。というのも私は人より時間をコンパクトに使えている自信が全くないので、だらだらとひたすら長生きしたいという欲求があります。本当にすごい長い時間をだらだらと享受し続けるというのをしてみたいですね。人生100年時代とは言いますが欲を言えば300年くらい生きてみたいなと思います。
作品制作について
作品を拝見させていただくと製作の工程多いですね。
1.撮影からはじまり、SNSで共有。
そうですね、まず通勤通学などの移動中に見つけた風景だったり、旅行先で出会ったモニュメントや、新しく買ってきたぬいぐるみなど、誰かに見せたくなるような写真をスマートフォンで撮り溜めているんですが、定期的に自身のSNSでそれらをアップします。大体いつもキャプションをつけずに、画像だけをあげています。
2.消費された画像を改めてダウンロードし、1枚の下絵として組み合わせる。
その画像をパソコンでダウンロードして、Photoshopやblenderなどのソフトを使用して1枚のコラージュ画像を作成します。作成した下絵をキャンバスに投影したりシルクスクリーンで刷り写したり、いわばデジタルからアナログへの移行作業を行います。
3.キャンバスづくりをして、描画へ
支持体はキャンバスを使用しています。木製のパネルを制作して、綿のキャンバスをガンタッカーで張り込みます。張ったキャンバスにジェッソというアクリル系の下地材を4~6層ほど重ね塗り、刷毛目が消えるまで電動サンダーで研磨します。特に有色のジェッソを使うと表面の具合によってムラができて見えるのでエアブラシで表面を整えて支持体の完成です。
ここから先ほどパソコンで作った下図が合流します。その時のモチーフやコンセプトによって使うものは変わりますが、プロジェクターで映す時も、シルクスクリーンで写す時もアクリル絵具がキャンバスに乗ります。筆で描画するときもエアブラシを使うときもアクリル絵具に混ぜる水分などを調整して使用しています。
筆、エアブラシを問わず描画を行う際は、マスキングテープやマスキングインクを使って、余計なところに絵具を乗せないようにしています。描画面と余白面を混ぜてしまうとメリハリがなくコントロールできなくなるため、マスキング作業には多くの時間を割いています。そして描画ができたら最後に、色のついたストロークや円などをシルクスクリーンで10層ほど同じところに厚みができるまで刷り作業を行います。
一番上に来ている線の描写が特徴的ですね。
この線は、ノートパソコンのトラックパッドというマウスカーソルをタッチ操作するツールの軌跡を再現しています。特にソフトを使用して画像を加工している際のタッチ操作の動きを再現していて、画面左上の操作パネルから、右下のレイヤーウィンドウに移動したり、ピンチアウト、クリックなど。方法は様々で、指の動きを録画してその動きを元に再現したり、画面にサランラップを巻いてマジックで写し取ったり。
マウスのトラッキング自体は表現の意図としては何かあったりするんですか?
そうですね。スマートフォンもパソコンも操作には必ず手指を使って画面タッチやトラックパッドやマウスを動かすと思うんですが、その操作の軌跡というのは運動なので形には残らない。もちろん指紋はつきますが、残像がくっきり残ることはない。
私は制作で身近な画像をどうやって先の時代に残すかということをメインで考えていますが、今生きているこの時代では画像と私たち自身がどんな環境で関係を作っているのか。画面に直接タッチをしたり、トラックパッドを通して身体と連動したカーソルが画面上で動くなど、絵画に残されたストロークからをそれらを読み解くことができるんじゃないかと考えて画像を撫でるように一番上の層に配置しています。
制作の際に何か音楽とか聞かれているんですか?
脳みそのメモリをちょっとだけ別のところに使いながら制作をしないと、落ち着かないということがあって、スタジオででいつも聞いているのは、2ちゃんねるのヒト怖話のゆっくり読み上げ動画がYouTubeに転がっているんですけど、それを1日7、8時間とかずっと聞きながら、いろんな人がいるなと思いながら制作をしています。
ichimaiの作品について
今回の「ichimai」の作品『8da0b6(Yumenoshima,Otsu,Iwamizawa)』について教えてください。
今回の作品に関しては、大きく分けて3つの画像を使用しています。まず一つは、この緑の部分が、東京にある夢の島熱帯植物館で撮影した鉄の鉄筋とか緑の植物の画像というものが、一番前のレイヤーにあって、2つめは、この黒い部分なんですが、これはおごと温泉駅という、私が今年の3月まで助手として勤めていた成安造形大学の最寄駅近くから見える夜景を元にした画像です。3つめは、北海道教育大学の岩見沢校キャンパスに通っていた時、近所に玉泉館跡地公園というところがあって、そこで撮影した夕焼け空です。それに加えて、マウスのトラッキングをレイヤーにして一枚に綴じ込んでいます。
選んだ画像自体はバランスとか色合いのことを見ながら選んだのか、何か意図としての繋がりとかはありますか?
そうですね。これが今回のコンセプトになってくると思うんですが、画像の内容としては・2018年に旅行先で見たもの(東京:夢の島)・2018年に近所の散歩(北海道:玉泉館跡地公園)・2024年に通勤中に見つけたもの(滋賀:おごと温泉)となっていて自分の6年間と、3つの離れた土地が映っていて。その画像の共通項というか、3つの土地を繋ぐのが私という人間の時間で。私がキーワードになって一見関係ない土地を繋げられないかということを考えていました。玉泉館跡地公園もおごと温泉も空の面積が大きいので背景とすることで、手前にある夢の島の植物を前景とした1枚の風景になる。という構成です。
下地に銀を引いていますね。何か意図はありますか?
下地に銀を使っているのは、「ichimai」プロジェクトのお話をいただいた時からせっかく印刷するならメタリックなキラキラしたものが欲しいなと思って選びました。
銀が敷かれている上に、銀が少しだけ透けるような空を描いていて、レイヤー同士の影響をどこまで再現してもらえるのか挑戦というか、どこまで注力をして頂けるのかなということを考えました。
ストロークの部分はかなり立体的で、アクリル絵具の性質上、シルクスクリーンで刷ることによって、少し泡立ってしまうのですが、どんどん擦り重ねて立体的になっていく上で、泡の彫りがちょっとずつ深くなっていく。その質感もどこまで再現できるかなというのを見て見たかったところもあります。
ichimaiの仕上がりについて
実際にプリントとして仕上がってきてどうでしたか?
仕上がりを見て驚きました。初めのテストプリントでは、原画のシルクスクリーンで盛り上げた部分がUVニスで浮上がらせてもらってはいたものの、まだ全体的にツルんとした印象でした。その後に校正が進むごとにザラザラな加工にしたりパターンをつけていただいたりと、ラリーを続けるたびに原画への解像度が上がっていくのを感じました。
先ほど触れた原画の銀色下地についても、上から少しだけ透けた空のグラデーションの描画をプリントでも同じプロセスで再現していただいて。上っ面だけの再現ではなく、私の制作プロセスへの理解の深さに驚かされました。想像していた以上の仕上がりですね。ありがとうございます。
【量産されることについて】
自分の作品が、同じような形で量産されていくというところに対して何か思うところはありますか?
絵画制作をしていると版画として制作をするでもなければ基本的には一点ものの制作になります。私は現在、版画領域にいながらも、複数性よりも版を使用することの間接性によってクオリティに影響する部分に興味があるためやはり一点ものの制作が活動の中心にあります。もちろんDMやフライヤー、ポスターのように作品を掲載した量産プリントを作る機会はありましたが、そこには展覧会情報の拡散という期間限定の目的があるプリントでした。
そこで今回は量産という体制をとりながらその目的は作品制作と大きな違いのないものだったので、そこには明確な違いがあって。でもその量産という体制への憧れもあり、個人ではできない大規模な取り組みだったのでかなり興奮しながら作っていました。
ichimaiプロジェクトに参加して
「ichimai」プロジェクト自体の感想みたいなのがあればお伺いしたいです。
一言で表すなら「おかわり」です(笑)今回はプリントそのもののクオリティも高くご尽力いただいたこともあり、めちゃめちゃ手応えがあってもっとやりたいなという気持ちが湧いています。今回は作品を量産プリントしてもらうという、写真化学さんが作ってくれたプログラムに沿って、作品を用意して、お渡しして、校正をしていくという流れでした。もし次にやるとしたら、さらに量産ということを意識したコンセプトにして作ってみたいと思っています。
今後の活動について
今後してみたいことはありますか?
個人ではできない規模でのお仕事、作品を介した大規模なプロジェクトでの制作をしたいなという気持ちがあります。壁画製作であったりとか、簡単には無くならない、人の記憶に残るものを作っていきたいなと思います。
山﨑さんの「ichimai」を手にされた方に対してコメントをいただきたいです。
私の最近の制作ではだんだんと完全なフリーハンド部分が減ってきてまして。UVインクジェットでのキャンバスへのプリントやシルクスクリーンを多用して、PCでの演算された加工をそのままキャンバスに残すことが増えてきました。それは1点ものをほぼ手作業で作るため、迷いやブレが残るフリーハンドをいかに減らそうかということを考えてのことでした。しかし今回のプロダクトは後ろにしてあるサイン以外は全て印刷技術で量産される。それを念頭に、原画では極力フリーハンドで描くことにしました。全体的な構成やコンプトは変えずに、手法の上で作り方を反転させています。
普段の原画:「1点もの」手跡を残さないようシルクスクリーンやUVプリント使う
ichimaiの原画:「量産品を見越して」機械でプリントするので、原画ではあえてフリーハンド増やす
なかなか文章にして伝えるのは難しいのですが、普段と同じように手跡を消しすぎるとプリントした時に面白みが減ってしまうように感じて、機械と手描きのバランスを調整しました。そのバランスを意識してみてもらうと嬉しいなと思っています。